高齢者の整理収納サポーター養成講座(基礎研修)認定講師の鞍貫清子です。

今年の夏は暑かったですね。
同居している母は、先月末、咳がずっと続いていました。

お医者さんに行っても風邪でもなく、特にどこが悪いわけでないと言われたのですが、食事が食べられなくなり、ずっと臥せっていました。

1週間くらいしてようやく大好きなお寿司を食べたら、少し食欲が戻り起きる気力が出てきました。
ずっと寝ていたので、起き上がってもフラフラして足がシャンとしません。
結局、もとのような生活に戻るまで2週間ほどかかりました。

突然、親の体調が悪くなると生活リズムが変わってきます。
高齢の親を抱えているといつ何が起こるかわかりません。

そんなことを感じていた先日、アルツハイマー認知症になったお母さんの介護の想いを本にされた
作家 藤川幸之助さんの「支える側が支えられるとき」~認知症の母が教えてくれたこと~の講演を聴きに行きました。

藤川さんのお母さんは60代で発症し、最初の12年は、お父さんがお一人で介護をされていたそうですが、介護していたお父さんの方が早く亡くなられ、その後12年間藤川さんがお母さんの介護をされました。

アルツハイマー認知症で、24年も生存される事は、本当に珍しいそうです。

初期の頃から順を追って、いろいろなエピソードを話して頂きました。そして詩を朗読。一言一言が心に染み入るようでした。

エピソード…
まだ認知症がそれほど進んでない時、お父さん、お母さん、お兄さん、藤川さんの4人で団欒をしていたら、お母さんは同じ話ばかりしていた。

「うるさい、何度も同じ話をするな」と言って怒り、三人だけで楽しそうに話していると、お母さんが突然、部屋から出て行った。見に行くと、三面鏡の前で手帳を見てぶつぶつ言っていた。

その手帳にはお父さん、お兄さん、藤川さんたち、忘れてはいけない人の名前が書かれていて、最後はお母さんの名前が大きく書いてあった。お母さんは、その手帳の名前を何度も声に出していた。

同じ話ばかりしていたのは何故?
後から思うと、団欒の中、父、兄、自分の話はお母さんにはわからなかったので、みんなの輪に入るために同じ話ばかりしていた。3人が笑うと自分も笑っていた。

初期の頃に自分の名前がわからなくなる。そんな悲しさ、恐怖の中で一生懸命生きている。でも、話をやめさせることばかりする人はその人の気持ちがわからない。

自分はその気持ちが分からなかったと言われていました。

認知症という病気は、ダメになっていくのではなく、生まれたときのような「存在そのもの」に返って、その返っていく姿で自分を育てていた・・・その言葉が印象的でした。

藤川さんの詩集、じっくり読んでみたくなりました。

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元記事:2016/9/19  Facebookページ「高齢者の整理収納サポーター」


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